大雪山・十勝連峰のスキー スキー

旭岳 令和3年12月8日

ホキる

旭岳温泉ルート(ロープウェイ無)

トレース多し、上はガリガリ

ポイント・核心

・頂上コルから地獄谷の滑走は上部はガリガリだった、今の自分には上部はズリズリ滑り(木の葉落とし)がやっと、下部は吹きだまっている

・ガリガリだがクト―で頂上まで行ければタイムはかなり縮まる、今の自分にはCo1800位からシートラ(クト―で行って少し滑落する)

・頂上から北面を回り込むように滑ると楽だそうです、南・東面はガリガリ

旭岳

【標高】 2291m ニンニク1番
【三角点】 1等 瓊多窟
【アイヌ】 和名 明治43年 地理書より チュプ・ペ/日の昇る・川 「朝日」→「旭」の誤植
【一口1】 ・東オプタテシケ山/ヲツタテシケ山

・ヌタツカウシヘ岳/ヌタプカウシベノポリ

・石狩岳

【一口2】 ・東オプタテシケ山/ヲツタテシケ山

・ヌタツカウシヘ岳/ヌタプカウシベノポリ

・石狩岳

【一口3】 ・ヌタプ・カ・ウシ・ペ/ヌタプ・の上に・いつもいる・もの 由良勇

・ヌタック・カム・ウシュペ/河の湾曲せる処の内部・の上に・ある処 高倉新一郎

・ヌタク・カム・ウシュ・ペ/頬・肉の・ようについている・もの 和人の鉛からの俗称?「愛別町史」「上川町史」

【一口4】 ・明治17年10/15(1884)高橋不二雄、福士成豊、測量のため東オプタテシケ山(旭岳)登山

・明治33年(1900)陸地測量部により1等三角点(瓊多窟)選点、翌年埋石

【ルート】 旭岳温泉ルート~ビジターセンターから
【小屋】 旭岳石室(3代目)2000平成12年 緊急避難時のみ宿泊可 1665m地点

※旭岳石室 巡視小屋(初代)1923大正12年
※旭岳避難小屋 姿見の池避難小屋(2代目)1951昭和26年

廃止
※仰岳荘(初代)1941昭和16年ユコマンベツ沢1000m道有林監視員詰所、(仰岳荘小屋は近代ヒュッテの森林監視小屋)
※仰岳荘(2代目)1951昭和26年ユコマンベツ沢1000m 仰岳荘小屋を改築・補修、昭和34年にも改築

【温泉】 湧駒別温泉(旭岳温泉)

1914大正3年 温泉湧出を発見
1916大正5年 阿久津啓吉により掘立の湯小屋建設
1932昭和7年 湧駒荘-造林小屋 昭和26年に旅館に改築
1950昭和25年 旭岳温泉株式会社 温泉旅館「勇駒荘」
1967昭和42年 ロープウェイ運行
1982昭和57年 旭岳温泉に改称
1997平成9年 湧駒荘-新装

P 5:00~ 旭岳9:00/9:30~ P10:40 D君と

<Slide Photo>

安全運転プリウス1号発進!未だ若葉マークが外れない

 

D君と旭岳に行った、アバランチ族との山行はとても勉強になる、ロープウェイ運行は今月下旬らしい 乗らないけど

朝4時頃車道でくまを発見し若干萎えた、5時にヘッデンスタートする、トレースはしっかりあり姿見に着いた頃には旭岳が赤く燃えて美しい、冬に来たのは初めてだ、すでに結構自分はバテておりD君を待たせているところもありタバコを殆ど吸わなかった、なんて健康的

Co1700位からガリガリになった、クト―装着も自分はCo1800位で少し滑落してしまったのでシートラした、D君は結局頂上までクト―、アバランチ族の強さの片鱗を見る、自分には出来ない、バテて遅れてホキな自分のせいで登りは4時間かかった、ホキである、風も強く寒くはないがなかなか疲れた

ピークを越しコルから沢筋を滑ることになった、自分はかなりビビっている、上部のガリガリをD君はさっさと滑り、自分はターンをすると片板が外れたので焦ったが落ちることなく木の葉落としで安全圏に逃げる、またしてもホキである、沢筋の下部は吹き溜まりがあり滑りやすかった、石室で休憩、今日は天気が良い

思った以上にバテたのでD君に登り返しを勘弁してもらいそのままPまで滑る、モモが痛かったまだまだ体力・技術不足を痛感したが勉強になり楽しかった、そして雪も豊富で今時期はこの辺りが良いのではと思った、ロープウェイ運行前に今度は緩く北面を滑ろうかなと思った

今回は結構待たせてしまい徐々に強くなっていこうとは思っているので、D君はパパになって大変そうだがまた行きましょう!

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